牧師: 金田豪(ごう)

牧師略歴
1966年オーストラリアで生まれる。 1980年宣教師の家庭集会(後の日本同盟キリスト教団石神井福音教会)でイエス・キリストと出会い、クリスチャンに。 1988年立教大学文学部英米文学科卒業。 1986~1991年頃 教会で「New Way」と言うバンドを組み、賛美活動。 1990年 妻、孝子と結婚。 1991~1994年頃 いのちのことば社「リビングプレイズ」のシンガーとして奉仕。 8年間のサラリーマン生活を経て1996年にカナダのBriercrest神学校へ。 2000年Briercrest Seminaryを卒業。(Master of Divinity) 2002年アメリカのワシントン州リンウッドで日本人教会開拓を始める。
牧師のストーリー
私は仏壇と神棚のある、典型的な「無宗教なんだけど仏教と神道の飾りのある」家庭で、キリスト教とは全く関係なく、生まれ育ちました。ところが10~12歳の時に父の転勤でカナダのトロントに住んだ事が私たちの人生を180度変える事になりました。 日本に帰国した時に、せっかく身につけた英語を失わせるのはもったいない、と思った両親は近所に英語を話せる外人さんを探し始めました。そんな中でクラスメートの紹介で出会った人は身長2メートルのカナダの宣教師でした。「カナダ人」と言うだけで私たちは大喜び。早速誘われるままに彼らの家庭集会に行き始めたのがキリスト教との出会いでした。 家庭集会に通い始めて間もなく母と姉がイエス様を信じました。私は...実はよく覚えていないんですが、どうも同じ時期に信じたようです。父は「頑固なビジネスマン」だったので1年以上かかりましたが、奇跡的に(家族は皆、そう思ってます)イエス様を信じ、家族みんなクリスチャンとなりました。 私は毎年、夏になると長野県にある松原湖バイブルキャンプに行くようになりました。高校生の頃、夜の集会の後に講師の先生が祈っている時、ふと「牧師になりたい」と思いました。あの思いがどこから、なぜ湧いてきたのかはまったくわかりません。今思い返すと、あれが神様の呼びかけだったんでしょう。帰って、教会の先生にその事を話すと、先生は「まずは大学に行って、そして就職しなさい。牧師になると社会で疲れている人たちもやって来る。社会に一度出た方がそういう人たちの事も理解してあげることができるからね。」とアドバイスしてくださいました。 そこで言われるままに大学に行き、2~3年適当に働いて神学校に行こう...と思っていたのが、結果的には8年もサラリーマン生活をしてしまいました。その間、結婚し、子供が二人与えられました。 その間、高校生の頃に与えられた思いは神様からの物だったのか、自分の思いだったのか...神様に祈り、道を探り続けました。最初の「呼びかけ」から14年たって、1996年に神様はついに神学校への道を開いてくださいました。 家族4人でカナダへ...。英語での学びあり、更に2人子供が与えられ...ここには書ききれないストーリーがいっぱいありますが、2000年に無事M.Divを取得して卒業しました。そしてこれまた長いストーリーがありますが、2年間神様に待たされ、導かれ、2002年にリンウッドで日本人教会の開拓をスタート、やっと牧師になる事が出来、今に至ったというわけです。 いやぁ、神様の導きって本当にすごいですね。
牧師より
イエス様って最高です。 中学生の頃にクリスチャンになって、そのまま高校・大学・社会人をクリスチャンとして過ごして来ましたが、一度も「面倒くさい」「やめようかな」と思った事はありません。むしろ「クリスチャンでいて良かった」と何度思った事でしょう。 私を愛して、私を救うために十字架でいのちを犠牲にしてくださったイエス様を信じる...イエス様と言う全能の神様を信じて、頼って生きる...これは言葉にできなくらい最高です。(言葉にできないので「最高」としか言えないんですが) このイエス様を皆さんに紹介したいです。このイエス様についていく生き方がどんなに最高かを皆さんにお伝えしたいです。そのために聖書と言う古代の書物をわかりやすく、面白く、そして実践的に教えています。(それが私の取り柄です...と自分では思っています。) 「歌って踊れる牧師」を夢見た事もありますが、家で踊ると家族が涙を流して笑いまくるのでどうやら「歌える牧師」でとどまるべきらしい、と最近悟りました。 是非一度お越しください。大丈夫...取って食ったりしません。拘束したりしません。洗脳したりしません。安心して、お気軽に見に来てください。皆さんとお会いできるのを楽しみにお待ちしています。

牧師のブログ 「Goせんせの独り言」